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「明日はどうする?」
やっぱり行きたくない?もう少し頑張ってみる?行けそう?無理?
母は私が頑張ってるのを知っていたようだった。
けれど母の解釈はいつもどこか的外れでかといって自分でもよくわかっていない私が説明出来る筈もなく、大体こうなのであろうということをつらつらと述べてみたにしろ原因が分かっているのならどうにかなるだろうと放っておかれるのも嫌だった。

「大丈夫」
行きたくないとは言えそうにない。何よりも自分のプライドが先に立ち母や周りの人達に情けない奴だと思われたくなかった。
登校拒否の娘をもったと周りに知れれば親はもっと悲しい思いをするだろうことを私は知っていたし、親が娘がどう頑張ろうとその問題から背を向けるということは負け犬のレッテルを貼られてしまうのだ。

母は優しく抱き締めて私の背を撫でてくれた。お前は強い子だね。
母に褒められ私はほっと安堵の息を吐くも同時にこれからずっと我慢していかねばならないという事実に恐怖した。一度言ってしまったものを後で、やっぱり無理と撤回するのは私にとってとても恥ずべき情けないことのように思えた。

数年が経ち、私は今日三年に上がって初めて学校を遅刻していった。
心配させないようにと朝はいつも通り家を出たがバスに乗る気にはなれず、それならばと一歩一歩道沿いを重い足取りで歩いていった。
自傷の際の傷が目立つ為にあまり学校には行きたくなかった。プライドの高い私は、傷を見られ同情され可哀想だと言われることが屈辱だった。また自分が苦しんでいることを知ってほしい痛い子になることも避けたかった。
傷を発見した教師に保健室へと連れていかれ、何があったのかを問われると私はいろんな想いが混じり合った心情をぽつぽつと話始めた。
きっと文章にもなっていなかっただろう。話は飛躍し昔の自分と現在の自分が入り交じり話している自分でさえ何を話しているのか理解出来ていなかったから。
保健室の奥のベッドを借りて、私は残りの時間をそこで過ごした。知り合いが誰もいない時間を見計らって、覚束ない足取りで家へと戻った。
担任は親へ全て話したようだった。顔を合わせたくはなかったが、それでもいずれ話さなければいけない事だというのは理解していた。

「明日はどうする?」
数年前と同じ問い掛けだった。
私は無意識に首を横に振った。
少しだけ頑張るのをやめてみようかと思った。
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ぷろふ

すあ・高城克&人間失格

Author:すあ・高城克&人間失格
すあ:
「流石俺様、歪みねぇな。」


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